テーマ:オオクニヌシ話

かみなぎ42(終)

 ひしめくように露店をかまえて、地べたのうえに品物をならべた物売りたちや、通りを行き交う、身につけた着物の色もあざやかなひとびと。  市庭のさかえは、目を瞠るものがある。真由はひとの流れに押し出され、ときには押し返しながら、何かをさがしているのだった。ときおり爪先だちをして、ずっと向こうの方を眺め見ようとするけれど、こんなにも混雑した…
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かみなぎ41

 建御雷が振るう剣は、すさまじいまでの風のうなりをともなって、巫女王の昼の御座の屋根を吹き払った。吹き飛ばされたのは屋根ばかりではない。八千穂は水鳥の羽のように我が身が浮き上がるのを感じた。そう思うまでもなく、つぎの瞬間にはしたたか床に叩きつけられていた。 うめきながらも体を起こすと、なにか頬につめたいものがぶつかるのがわかり、見上げて…
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かみなぎ40

 捕虜となった人々のかわりに、高天原の軍に投降した真由は、王坐に引っ立てられていった。手も足も自由なままなのは、真由に逃げる意志がないと思われたためだろう。  じっさい、真由は逃げる気はなかった。あきらめているのではない。真由はこころのどこかで、国つ者たちの軍が高天原に踏み込み、すべてを壊してしまうことを恐れていたのかもしれなかっ…
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かみなぎ39

筑紫で軍をあげた将軍、葦生と合流をするため、明日香姫のひきいる大軍は生駒山のふもとへ軍をすすめた。この頃になると高天原は混乱をきわめ、流行病に加えて纏向が戦場になることを恐れた人々が、我先にと高天原を捨てて、木伊や河内に逃れていった。  天照が死んだという事実を、王坐は隠し抜こうとしていたが、昼の御座にも姿を見せなくなった大巫女王…
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かみなぎ38

 荒潟の湊を落とすのは、とかげの尻尾をちょん切るよりも、よほど簡単だった。湊の監督やその直属の水夫らは、まさに尻尾を切られたとかげのようにすばしこく逃げ去り、軍への抵抗すらなかったのである。  海路の確保をすると、出手母からすみやかに武器が運ばれてくるようになった。しろがねの剣に槍先、矢尻。舟に山と積まれたそれらは、数のうえでは高…
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かみなぎ37

 高天原から武佐師まで、季節をひとつまたぐほどの距離をはなれてしまうと、高天原が何をしようと、高天原でなにがおころうと、ひとびとは関心を持ちようもなかった。  高天原びとが国といえば高天原だけをさし、武佐師びとが国と言えば武佐師のことをさす、そういうことである。  けれどここ何年かは、そんなのんきなことも言ってはいられなくな…
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かみなぎ36

八千穂は真由をさがして、ほうぼうを飛んだ。しかし気高の里にも呼月の神社にも真由の姿はなく、八千穂は滅びのまざまざしさ、いまだ里内にくすぶる煙の臭いを、いやというほど鼻に吸い込むばかりだった。  高天原の軍はとうに立ち去ったにちがいない。軍に踏みしだかれた中で、火を放たれた里長の御館、そして里人たちの竪穴の住居。八千穂にも見覚えのある生…
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かみなぎ35

 伊住は鼻につく生暖かな血のにおいと、息をするのもままならないくらいに体を圧迫する重みで気がついた。顔がちょうど直土にほおずりしているような格好で、しかもひたいからまぶたにかけて、なにかぬめるもので濡れていた。すぐにはじぶんのおかれた状況がわからないままだったが、こわばった手を動かしてどうにか目元をぬぐった伊住は、あたりの様子に目をむい…
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かみなぎ34

 巫女王の御座でいつものように目覚めた八千穂は、ちいさな明かり取りの窓からさしこむ朝の日差しが三つ格子の影を落とし、くるぶしから裸の足までをあたためているのをみつけていた。きのうは壁に寄りかかったままうとうとし、そのまま眠り込んでしまったようだ。  天照は食欲もわかないと言うと、二、三日前から運ばれるお膳にも口をつけずにいた。無く…
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かみなぎ33

 八千穂は気がつくと、ほのぐらい廊下に立っていた。いままで踏み締めていた直土の感触は板敷きのつめたいものに変わり、闇に慣れ切った瞳には、間隔を置いて下げられた鉄燈籠のこぼす、わずかな灯火でさえもまぶしく感じられる。・・・静かな夜は、王坐の奥の奥までも闇色にそめぬいていた。  八千穂は、鼻につく饐えた匂いを深く呼吸することで、じぶん…
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かみなぎ32

 卯月は真由の背中をすこし強く撫でながら、のたうちまわっていた鳥船がいつのまにか消えているのに気づいた。見れば、杉の古木の合間をよろよろと飛んでゆく鷹が一羽ある。あれが鳥船であろうとは思ったものの、いまの卯月には弓矢もなかった。それに真由に目を潰されてからでは、やすやすと霊力の行使もできまい。 「どこに行っても逃げられない。逃…
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かみなぎ31

 それから毎日、目の回るような忙しさがつづいた。  男たちは山から何本もの木々を切り出し、先をするどく尖らせたほうを上にして、穴を掘った地面に突き立て固定した。高天原の軍の盾となってくれるはずの柵、そして櫓を、里の前面をかこむようにして築き上げるのだ。  女たちはこんなときにあっても決して活気を失わなかった。むしろ、仕事のお…
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かみなぎ30

 ふとした肌寒さで目を覚ました真由のもとには、やはり八千穂はどこをさがしてもいなかった。まだ夜もあけきれていない時刻で、風ばかりがすずしい。たき火のそばに横になっていた真由は、身を起こしてじぶんの弱気な涙をぬぐうと、馬に飼い葉をくれていた伊住のほうに歩いていった。伊住は真由がなにかを言うまえに、ぶっきらぼうに言った。 「皇子どのな…
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かみなぎ29

 真由はふいに暗闇のなかに突き飛ばされたような気分で、あたりをせわしなく見渡した。けれどいくら目をこらそうと、真由のまわりに満ちるのは本当の暗闇、顕なるかがやきをすべて閉め出した深い闇であった。 ふつうならば、ひとは闇をおそれる。闇のなかに何か得たいの知れないもの、恐ろしげなものが潜んでいると考えるからだ。闇は死人たちのもの。闇なる女神…
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かみなぎ28

 櫛名田は鳥髪の里に大蛇神を鎮めた英雄を連れ帰った。  里に帰りついたあとの騒ぎといったら、ものすごいものがあった。櫛名田と須佐ノ男はそれぞれの住居からまろびでて来た大勢の里人たちに囲まれ、足名椎の御館の前の広場で真昼のうたげに興じることになった。彼らの表情ははじめのころこそは半信半疑だったものの、須佐ノ男が里人たちの前で大蛇神の…
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かみなぎ27

 待っていろとは言われたものの、櫛名田の性格からいって、じっとしていられるはずはなかった。もともと、あの御輿に乗るのは櫛名田自身だったことを考えれば、じぶんひとりが安全な御館のなかでじっとしているなんて、とうていできない相談なのだった。  彼女は着慣れた薄桃色の衣裳の裾をたくしあげ、近づきすぎず離れすぎずで須佐ノ男たちをつけていた…
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かみなぎ26

 男鹿のつのに触れた真由は、耳にさややかな水脈のながれを聴いた。 すると目の前が真昼のようにしらじらと輝き、真由はまぶしさにひととき目をつぶった。綴じられた眼皮をそろそろとあけたとき、彼女は見知らぬ場所をみた。いいや、川を近くに栄える里の風景は、どこかなつかしくもあった。  ひときわ大きな御館を中心にして、ぽつぽつと立ち並ぶ茅葺き…
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かみなぎ25

それから何日かたつと、櫛名田にはじめての陣痛がおとずれた。  櫛名田をまもる、と成り行きのうえでとはいえ須佐ノ男に言い切ってしまった伊住は、威勢よくタンカをきったことを少し後悔していた。この数日というもの、彼は櫛名田にだれよりも近かった。櫛名田の夫である須佐ノ男は里づくりに日々を追われていたし、同い年のむすめたちも忙しさを相手にし…
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かみなぎ24

 須佐の里への案内人役は、柾人が願い出た。 「ふしぎなんだ。この前の冬にもね、やっとみつけた獲物を追っていて、いつのまにか里の跡についたんだ」  けものがめったに捕れない土地でたまさかみつけた獲物は、どんな苦労を支払ってでも捕らえるべきものにはちがいない。じっさい、柾人のような育ち盛りの若者には、干物ばかりの生活は耐えられな…
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かみなぎ23

 白野の庄を濡らしていた雨は、真由が目を覚ましたときには止みはじめていた。いつのまにか横になって眠っていたらしく、麻衾が肩まで引きかけてあった。もっと眠っていたかったけれど、耳に聞こえる音が気になって真由は身を起こしたのだった。いろりのそばで石皿をかかえ、すりこぎで何かを叩きつぶしていた柾人は、真由が起き上がったのを見て明るく笑った。 …
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かみなぎ22

 因幡は気高の里から出手母までは、馬足で四日ほど行けばたどり着く距離だった。呼月に言われるまでもなく、八千穂は出手母という土地になにかしら引かれてやまないものを感じていたのである。  そもそも天照が大蛇神を鎮めたのは出手母の地。真由の母、櫛名田の故郷も出手母。そして須佐ノ男が天照によって殺されたのもまた、出手母なのだ。出手母へゆけ…
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かみなぎ21

 真っ白な空間、真由の夢の中からひとすじの道を見つけだした八千穂は、いままで頼りなく漂っていたのがウソであったかと思われるくらいのあっけなさで、いやにすっきりと現身に落ち着いた。  八千穂はふと目覚めた。目を開けてすぐにでも起き上がろうとしたものの、身体がかたくこわばっており、節々がきしりぎしりと痛んだ。腕をひとつ動かすにも彼は苦…
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かみなぎ20

 真由はおかしな場所にいた。まわりは見渡すかぎりに白ばかりで、足元は摘んだばかりの、ほの黄色い真綿を集めたようにふわふわしていた。(もしかして、ここって、雲のなか?)  真由は足元のふわふわをそっと踏みしめながら、そう思った。雲のうえであれば、注意しなければ。なにかの拍子に踏みはずしてしまえば、はるか下の地面にまっさかさまだ。足元…
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かみなぎ18

 しずかな水面を波立たせ、苔むした杉の古木をふるわせる赤い猪のかなしげな咆哮が、青田彦の耳にこだまとなって長くひびいていた。 「ばかな、ばかな!」  はじめ夢でもみているのかと彼は自問した。しかし、いくら否定しようと目の前の惨状はうつつのことだった。八千穂は山城の弓取りたちが放った矢群れに身を貫かれたのだ。澄み切った湖面にう…
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かみなぎ17

 季節は夏をむかえ、肌にまとわりつく空気はやけに重たい。ときおり吹く風が熱気をさらいゆけばいいものを、この土地に風が吹きくることはひどくまれだった。四方を山々にかこまれた土地であるため、風もとどこおるのだろうよと人々はいう。  高天原はうわべは華やかでありながら、その実は死んでしまった土地なのだ。高天原びとはむかし、神の血脈にあた…
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かみなぎ16

 真由の身はそれからすぐさま御座から遠ざけられた。采女にうながされ、廊下をなんどか折れたあと真由が通されたのは、小ぎれいにととのえられた一室だった。とはいえ、もとはおおきなひとつの部屋を几帳でくぎったものらしく、広さは真由ひとりが横になればいっぱいになってしまうくらいの狭さだった。几帳が三つばかり、いそいであつらえたことがあきらかに、目…
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かみなぎ15

王坐へは御輿でむかった。四人の人手にささえられた、ふたり用の質素な御輿である。真由はそのなかに阿多流とともに乗り込んではいたが、なにかしら言葉をかわすでもなく、ならんで座ったままだまりこんでいた。話すべききっかけも、とくべつな話題も真由はもちあわせていなかった。それにもまして、少しまえから具合がわるくなりはじめていたのだ。 御輿が前に…
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かみなぎ14

「伊住、その子だれ」 「このひと月、市庭に伊住がいないとぜんぜんだめ。盛り上がらないの」「伊住、ねえ、伊住ったら」  すれちがうたび、伊住にいとまをおかず声をかけてくるのは、ほとんどがおんなたちだった。王坐へ呼び出された真由のため市庭で衣裳をみつくろった行き帰り、何人のおんなに声をかけられたかしれない。  伊住はたしか…
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かみなぎ13

 八千穂は出迎えびとたちに囲まれるようにして纏向市街をぬけ、夕闇に藍いろが濃くなりはじめるときに王坐へのひときわ堅牢な門をくぐった。馬をおりてから走り寄ってきた舎人にたづなを渡すと、八千穂は身を休ませるひまもなく采女にうながされ、母巫女の御座へと足を向けた。 天照大巫女王の御座は王坐でもひときわ神聖な場所であり、むやみに立ち入れる場所で…
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かみなぎ12

因幡から帰り着いた皇子の一行は、翌日の夕暮れに高天原いりをした。 行き来する小舟がずっとちいさく、木っ端のように川を流れてゆく。川をまたいでかけられた大きな橋をひとつ越え、かち割られた石が畳のようにしきつめられた幅広の道をたどりながら高天原の巨大な門のまえにくると、一行はいちどあゆみをやめた。門は見上げるほどにおおきなもので、両開きにな…
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